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千葉地方裁判所松戸支部 昭和39年(タ)8号 判決 1965年8月11日

原告 野田幸子(仮名)

国籍 朝鮮 最後の住所 茨城県日立市

被告 朴生漢(仮名)

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告と被告とは昭和一七年三月一七日婚姻の届出をした。

二、離婚の理由

被告は、昭和三六年八月、離婚の届出をしないまま原告と離別し、北朝鮮に帰国し、以後、現在に至るまで、三年以上生死不明である。

三、被告の所在および生死不明であるから、離婚調停は経由しない。

四、原告は、日本人女であるが、旧法中、朝鮮人男との婚姻により、内地戸籍より除籍され、そのため講和条約の発効により日本国籍を喪失したが、昭和四〇年二月二〇日、日本に帰化が許可され、日本国籍を取得した。

被告は、公示送達による呼出をなしたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書、準備書面の提出もなさない。

原告は、立証として、証人村川順子、同山田冬子、原告本人野田幸子の各尋問を求め、甲第一、第二号証を提出した。

理由

証人、村川順子、同山田冬子および原告本人野田幸子各尋問の結果に、公文書であるので真正に成立したものと認める甲第一、甲第二号証を総合すると、以下の事実を認めることができる。

原告と被告は昭和一六、七年頃結婚し、昭和一七年三月一七日、その届出をなした。被告は朝鮮全羅北道出身の朝鮮人であつたため、同年四月一日、原告は内地戸籍より除籍された。しかし、原告は、昭和四〇年二月二〇日告示にもとづき、同年三月二日、千葉県松戸市長に帰化届出をなし、同月八日肩書本籍地に原国籍朝鮮より国籍取得につき入籍手続がなされた。

被告は、昭和三六年八月茨城県日立市より北朝鮮に引揚げた。しかし、これより先、原告と被告との間の夫婦仲は良くなかつたため、原告は被告とともに北朝鮮に引揚げる意思はなかつたので、原告と被告は夫婦別れすることとし、原告は、被告との間の二人の娘-順子現在二三歳、良子同二〇歳-とともに、日本に留つた。

被告は、引揚後、一度だけ、近所の人にお世話になつた、という手紙をよこしたが、原告にはなんの便りもなく、娘の順子から何度も便りを出したが、これに対しては返事が来ていないので、現在、どこに住んでいるのかも、生きているのかどうかも判らない。

ところで、本件のようなばあいについて法例第一六条によると、離婚はその原因たる事実の発生した時における夫の本国法によるべきものとされている。そして、被告は、昭和三六年八月、北朝鮮に引揚げたというのであるから、全羅北道、すなわち、南朝鮮の出身であるが、国籍としては、朝鮮民主主義人民共和国のそれを択んだもの、と認められる。けれども、現在までのところ、日本と朝鮮民主主義人民共和国との間には、正常な国交関係が存在しておらず、そこにおける離婚関係法令の内容も、さしあたり、これを明かにするによしない。

このようなばあい、裁判所としては、準拠法国の全法律秩序からその法令の内容を推測したり、あるいは、それが不可能であるばあい、政治的、経済的、民族的あるいは文化的に、これと近似する国家の法秩序などから、準拠法の内容を推測するの外はない。

そして、朝鮮民主主義人民共和国は、いわゆる社会主義国家の系列に属する国家の一つであると認められるから、そこにおける離婚制度についても、ソビエトその他の社会主義、あるいは人民民主主義国家におけるそれと、基本的には異なるところはないもの、と考えられる。それは、いわゆるマルクス、レーニン主義的家族観、婚姻観というものは、男女の同権、平等、婚姻、離婚に際しての当事者双方の自由の尊重を基調としており、その限りにおいて、民族的、習俗的慣習といつたものは、最小限度に、しかも、第二次的にしか考慮されることはないし、現に、ソビエトおよび東欧人民民主主義国家の婚姻法、離婚法においては、これを考慮していないからである。

もつとも、ソビエトのばあい、離婚は、家族の強化とくに婦女子の保護という見地から、調停前置裁判主義がとられているが、これとて、主として、社会的生活における弱者である妻および子の保護を目的とした制度であり、とくに、当事者の出頭が事実上不能なばあい、例えば、当事者の一方の所在不明、精神病などであるばあいであつて、婚姻を維持することが、他の当事者の幸福、利益をいちじるしく害する、と認められるばあいについては相手方当事者の出頭を必要とせず、比較的緩和された離婚手続が認められている。そして、あらゆるばあいを通じて基本的には離婚の自由の尊重されるものであることが指摘されている。

朝鮮民主主義人民共和国の離婚法も、きわめて乏しい資料からではあるが、ほぼ同様な基本的方向をとつていることが明かにされる(例えば、金具培、朝鮮民主主義人民共和国の家族法、「法律時報」、第三三巻第一〇号)。もつとも、長期所在不明者の離婚にあたつては特殊な政治事情から「社会的非難を受ける所在不明」か否かによつて、離婚手続の難易があるようである。しかし、本件原告のばあいのように、元来、日本人女であつて、被告との婚姻により、一日、朝鮮国籍を取得したものの、現在、すでに日本に帰化し、日本人となつている者について、同国人との間の離婚手続が、いかにあるべきかについては、具体的には明かにしえない。

それはともかく、社会主義諸国家の法律は、離婚の自由ということを基本的に肯定しており、その制限も主として家族の強化、妻子の保護という見地からなされていることは確かであるから、夫が正常な国交関係にない外国にわたり、渡航に際しては、離婚の意思を表明しており、しかも三年有余音信もなく、その所在、生死も不明といつたばあいについて、残された妻にその夫との離婚を許さない、とすることは到底考えられない。

はたしてそうだとすると、原告の本訴請求は理由があるから、正当としてこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎昇)

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